ABR とは

ABR(アダプティブ・ビットレート)は、動画コンテンツを視聴環境(デバイスや回線速度など)に合わせて、可能な限り品質高くスムースに再生できるようにするための動画配信技術です。具体的には視聴端末の処理能力や解像度、回線速度などに応じて届ける動画の品質を自動的に上げたり下げたりすることで、視聴者に可能な限り快適な視聴体験を提供します。

2010 年頃から ABR に対応する配信方式が登場し、既に実用化が進んでいます。有名な動画配信サービス YouTube や Netflix、Amazon Prime などでコンテンツを視聴すると、最初に表示される画質があまり良くない時があります。次第に画質が鮮明になっていけば ABR によって配信されている証拠です。

ABR テクノロジー

配信方式

現在は、HLSまたは MPEG-DASHの 2 つが動画配信に使用する配信方式として検討されることがほとんどです。

HLS

HLS (HTTP Live Streaming)は Apple 社が開発し、その信頼性のために現在広く使用されているストリーミング方式です。

iPhone / iPad (iOS)が Flash をサポートしなかったため、iPhone / iPad へコンテンツを届けるためには HLS を使う必要がありました。Flash を非サポートというとネガティブに聞こえるかもしれませんが、ほぼ同一機種を持つ多数のユーザーに対して、確実にコンテンツを届けることができるのは大きなメリットです。

  • 通信プロトコル: HTTP
  • プレイリストファイル: *.m3u8
  • コンテンツ保護: AES 128 暗号化、Microsoft PlayReady 暗号化、Apple FairPlay 暗号化(ただし、PlayReady および FairPlay には実現するための環境やサービスが必要です)

MPEG-DASH

MPEG-DASH (以下 DASH: Dynamic Adaptive Streaming over HTTP)は、国際標準化機関 ISO / IEC によって規格化されたストリーミング方式です。

MPEG-DASH は HLS と比較して多機能です。特に複数の DRM (Digital Rights Management)に対応している優位性を持っており、コンテンツ保護で DRM が必要な場合に MPEG-DASH が用いられるケースが多く見られます。DRM は視聴端末によって対応が異なったりするため、実際に運用するためには高度な技術とワークフローが必要です。

  • 通信プロトコル: HTTP
  • マニフェストファイル: *.mpd
  • コンテンツ保護: CENC 暗号化、Microsoft PlayReady、Google Widevine など

CMAF

以上の HLS または DASH が現在の動画配信方式の主流です。より多くの視聴者を獲得するためには、HLS か DASH のどちらかではなく、両方使って配信するほうがベストです。しかし、どうしてもワークフローが複雑になり簡単ではありません。そこで現在規格化が進行中の CMAF (Common Media Application Format)の登場です。

CMAF は、Apple と Microsoft によって開始され(現在 Google や Netflix、Akamai など多くの企業が賛同)、HLS プレイリストと DASH マニフェストの両方を参照できる単一のメディアフォーマットを確立することを目標に、2017 年 Q3 での ISO 国際標準化を目指しています。HTTP ストリーミングのネックとも言われている高遅延を解消するフォーマットとしても注目されています。

2017 年 12 月時点ではまだ DRM 対応がないなど実用に難がありますが、Microsoft が PlayReady 4.0 に AES-CBC 暗号化を含め、CMAF への対応を発表するなど非常に活発に動いています。CMAF と低遅延に関する下の記事も参考にしてください。

エンコード

ABR 黎明期には、品質の異なる複数のストリームを同時に処理できるライブエンコーダがありました。ただし、この場合は各品質ごとのストリームと付随するマニフェストファイルを、自分で管理しなくてはならないので大変でした。

現在では、ライブストリーミングの場合はライブエンコーダを経由して、RTMP 等でストリーミングサーバー(例: Wowza Streaming Engine)または CDN (コンテンツデリバリネットワーク)へ送り、配信サーバー側で ABR フォーマットに変換する方法が一般的です。

ABR の今後

ABR テクノロジーを支えるフォーマットやコンテンツ保護(DRM)などに関しては改善すべき点もあり、まだ発展途上と言えます。しかし、ABR 自体は既に配信方式として確立した感があります。現在メジャーなコンテンツ配信サービス(Netflix や Amazon Prime など)で採用されており、今後もコンテンツ配信方式として軸となっていくことは間違いないでしょう。既に最高画質を 4K にする動きも見られ、モバイル端末から大型モニタまでカバーできることになります。

突然ですが、なぜ ABR が必要になったと思いますか?ABR がなかった頃は、視聴者が自分で最適(と思う)なビットレートを選びました。低画質だと盛り上がりに欠けますし、高画質だと何度もバッファリングで止まったり、かと言って途中でビットレートを変えるとまた頭から再生だったり、とにかく視聴者にとってストレスがたまる要素がありました。

そこで ABR という視聴環境に合わせて自動で画質が変わり、快適な視聴体験を届ける重要なテクノロジーとして登場しました。のですが…

再びビットレートを選ぶ時代がくる?!

アメリカでは今「ネットワークの中立性」(Network Neutrality)が話題になっています。「ネットワークの中立性」とは、インターネットを水道や電気と同様に公共のものとして分け隔てなく提供されるべきものとする規制で、トランプ政権下で撤廃が検討されています。

この「ネットワークの中立性」が撤廃されるとどうなるのか。通信会社は回線速度に応じて価格を上げたり下げたりできるようになります。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、通信会社が関連したコンテンツ配信サービスを優遇するといったことも可能になるため、公平性の観点から懸念されています。

もし規制が緩和されると、インターネット回線がモバイル回線のような従量制またはデータ通信量制限付料金となり、ABR によって自動的に高品質に切り替わることがデメリットになる(データ量を抑えたいのに勝手に大容量のデータを読んでしまう)可能性がでてきます。そのうちコンテンツ配信サービスのプレイヤーに画質上限選択メニューが付いたり、サービスアカウント設定にビットレートの最大値を設定する項目が加わるといったことが可能性として考えられます。

もちろん「ネットワークの中立性」の議論はアメリカでの話ですが、現在のメジャーなコンテンツ配信サービスはアメリカの企業によるものが多く(YouTube、Netflix、Amazon Prime 等)、日本にも影響があるかもしれません。